東京入国管理局のある人工島の歴史を知っていますか

この記事を読むのに必要な時間は約 2 分です。

ズバリ聞きます。東京入国管理局

東京入国管理局のある人工島ですが、あの島の歴史知っていますか?

品川駅近くのどう見ても人工島ですが、戦後に作られた島ではないのです。

歴史をさかのぼること、江戸時代末期にペリーの率いる4隻の黒船が来航したことをきっかけに、海防策の一環として台場を急ぎ建築することにしたのです。

建設主はもちろん江戸幕府です。工事の主体は伊豆韮山の代官、江川太郎左衛門です。

黒船の来襲を受けて、江戸幕府は再来日に対して備えるために、いまのお金で約30億円をかけて台場と呼ばれる一帯に1から7までの台場(砲台)を作りました。

しかし、これらのうち、4と7はは未完成に終わっています。

東北東の方向にさらに4基、トータル11基の砲台を作ろうとの計画だったと記録にあります。

東京入管のあるこの人工島には第1と第5台場が作られたようですが、品川埠頭の埋立地に飲み込まれてしまいした。

砲台として残っているのは、第3と第6台場のみで、第4台場は天王洲の埋立地に埋没し、第2台場は航路拡張のため撤去されて、さらに後に第7台場が撤去されました。

「日米和親条約」の締結により開国へと向かう中、建設する必要性がなくなってしまいました。

やがて日の出桟橋、竹芝桟橋、豊洲埠頭、晴海埠頭などができて、不要となった台場は撤去されたり埋立地にとりこまれたりしました。

さらに最近では、レインボーブリッジやフジテレビが近くに建設されてみなさんが知っている現在の「お台場」として生まれ変わっています。

おわり